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     平成30年を振り返り  条例制定案を議員提出、可決されたが・・・  その
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投稿者 スレッド
fujiimoto
投稿日時: 2018-12-31 12:59
管理人
登録日: 2005-8-14
居住地: 奈良県葛城市新庄
投稿: 164
平成30年を振り返り  条例制定案を議員提出、可決されたが・・・  その
 私が何故 96条の2(議会の議決を必要とする)に、こだわったかを述べておきたい。

 〜躪膩弉茲蓮葛城市の憲法とも言えるもの。以前は総合計画策定は自治体の必須であり 必ず議決が必要とされた。しかし、地方自治法改正により計画策定は任意とされたため 議決事項から外れてしまった。
 総合計画を策定している葛城市は、引き続き議決を必要とさせるので、おおくの他市町村でも組み込まれている。

 問題となるのが⇒Чヅ垰垓定の締結・解除の際の議会の議決必要性だ。私はこの件にこだわった。

 それには2つの理由がある。1つは海外も含む友好都市とは、行政のみならず人的・文化的・経済的な交流が必要である。よって市民も交え成功させなければならない。

 そして2つめが、私の一番言いたいところである。
特に旧新庄町の場合について述べると S61年 当時の新庄町長 足高氏は、山形県新庄市と岡山県新庄村と友好都市協定を締結したいと その二ヶ月前に議会にその旨を ちゃんと上程されている。議論をして可決後 協定締結の運びとなった。

 新庄町と この二つのまちとの交流はさかんであった。訪問経験をもつ市民も大いはずだ。また、台風災害で死亡者まで出た新庄町に対し、この二つのまちから防災倉庫も寄贈され、今も葛城市として使用させてもらっている。(北花内 健康福祉センター北側)

 H16年 合併により葛城市が誕生、初代市長の吉川氏も旧町時代の友好都市協定を継続したいと、広報葛城の中で市民に示した。H17年には市議会全員で岡山県新庄村を訪問 合併後の交流も活発であった。

 ところが、おかしくなったのがH19〜20年頃と考えられる。交流が途絶えてしまったのだ。
 そこで H21年、私は一般質問でその状況を尋ねると「休眠状態」という答え。5年後のH26年に同じ内容を質問すると明確な答弁がなかった。

 そして、H29年3月 就任間もない阿古市長は「今は友好自治体は無い状況、2年を目処に海外・国内の友好関係を築きたい」と考えを示した。

 ところが、H30年になって現理事者は「旧町時代の友好協定は存続されていると思われる」と、なんとも不可解な考えを 今になって述べたのだ。

 何故、二転三転したのか?私にも分からない。しかし、私達 議員にも責任はある。

 市民の皆さんの中にも、友好都市関係はとっくに終わっていたと思っている人や、全く知らない人が多いのではないか?

 私は考えた。もし議会の議決に友好協定の締結・解除があれば、こんなことにはなっていなかった。

 自治体の友好協定、そして活動は税金も費やされている。私自らにも大きな反省がある。だから、今後このような事がないように 議員発議という形で条例制定を提案した。可決され葛城市の条例として制定されたが、その,能劼戮燭茲Δ5議員に理解得られなかった。

 条例は制定された。市民不在でなく 市民見守る中で海外・国内の都市と友好関係を結び、将来に向け成功させなければならない。


 30年以上も前に、友好都市協定締結に議会の議決を求めた当時の足高町長の政治姿勢を見習いたい。
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